郊外のくらしのサイズ感

会社を辞めてから、

「これからどんな暮らしをしたいか」

を以前より考えるようになりました。

都会で便利に暮らす。

自然の多い場所へ移住する。

駅近のマンションへ住み替える。

広い家に住む。

いろいろな選択肢があります。

でも今のところ、自分にしっくり来ているのは、

郊外で、生活を必要以上に大きくしすぎず、自由に暮らす

という形です。

豪華さを追いかけるわけでもない。

極端に小さくするわけでもない。

必要なものは持つ。

好きなものには使う。

でも、毎月必ず出ていくお金はなるべく重くしない。

このくらいが、今の自分にはちょうどいいです。

暮らしは、一度大きくすると小さくしにくい

収入が増えると、生活も少しずつ大きくなります。

広い家。

高い車。

保険。

習い事。

外食。

旅行。

サブスク。

住宅ローン。

どれも、それぞれ理由があって増えていきます。

そして一度生活に組み込まれると、

「これが普通」

になります。

ここが少し怖いところです。

月30万円で暮らしていた人が、月50万円使う生活に慣れる。

すると、今度は月50万円を維持するために働き続ける必要が出てきます。

収入が増えたから自由になるはずだったのに、

増えた生活費を維持するために、さらに働かなければならなくなる。

そんなこともあります。

でも、我が家では収入に関係なく、「ここまでにしようね」という水準での生活に落ち着いています。

サブスクも最低限。

Amazonプライムさえ、普段は入っていません(どうしても必要なときは1日だけ入り、すぐに解約します)。

意外となんとかなるものです。

FIREで重要なのは、資産額だけではない

FIREの話では、

資産5,000万円。

7,000万円。

1億円。

という数字に目が行きます。

でも、同じくらい大事なのが、

毎月いくらあれば普通に暮らせるか

だと思っています。

年間300万円必要な家庭。

年間500万円必要な家庭。

年間800万円必要な家庭。

同じ資産額でも、自由度はまったく違います。

だから私は、

「いくら貯めるか」

だけでなく、

生活の固定費をどこまで軽くできるか

も資産形成能力の一部だと考えています。

これは我慢して暮らす、という意味ではありません。

自分にとって重要ではない固定費を、できるだけ持たないということです。

郊外は「必要な広さ」と「コスト」の調整がしやすい

町田・相模原あたりで暮らしていて感じるのは、

住まいの選択肢がかなり広いことです。

駅近マンションもある。

少し離れれば戸建てもある。

さらに離れれば広い土地もある。

中古住宅もある。

賃貸もある。

自分の暮らしに合わせて、

価格。

広さ。

駅距離。

築年数。

車の台数。

を調整しやすい。

都心のように、

「便利な場所に住みたいなら、とにかく高い金額を払う」

という一択になりにくくて、選択の自由があるのは、郊外の良さだと思います。

「小さく暮らす」は、狭い家に住むことではない

ここでいう「小さく暮らす」は、

小さな家に住む。

物を全部捨てる。

車を持たない。

という意味ではありません。

我が家はむしろ、それなりに広い家に住んでいます。

車もあります。

物もかなりあります。

ミニマリストとはほど遠いです。

それでも、

生活費の土台を必要以上に大きくしない

ことはできます。

高い固定費を抱えない。

ローンを組みすぎない。

使っていないサービスには入らない。

毎月払う金額を増やしすぎない。

私が考える「小さく暮らす」は、こっちなのです。

固定費が軽いと、仕事の選択肢が増える

毎月50万円必要な生活なら、

それを維持するために、それなりの収入が必要です。

一方で、

毎月30万円で普通に暮らせるなら、

必要な収入はかなり下がります。

これは単に節約できるという話ではありません。

仕事の自由度が上がる

ということです。

給料が少し下がっても、好きな仕事へ移れる。

週5日勤務から週3日にできる。

会社を辞めて小さな仕事を始められる。

一時的に収入が減っても慌てない。

生活コストが軽いと、

「いくら稼ぐか」以外の基準で仕事を選べるようになります。

FIREという言葉を意識した時、これはかなり大きいです。

我が家も、全部を小さくしているわけではない

とはいえ、

何でも小さくすればいいとは思っていません。

私は車での移動が好きです。

家もある程度広い方が好きです。

家族旅行にも行きます。

甘いものも買います。

つまり、

好きなものまで削っているわけではありません。

その代わり、

どうでもいい固定費にはかなり敏感です。

通信費。

保険。

金融手数料。

不要な契約。

こういうものはできるだけ整理します。

自分にとって価値の低いものを小さくして、価値の高いものには使う。

これが一番続きやすいと思っています。

郊外だと「お金をかけない休日」も作りやすい

郊外暮らしで気に入っていることの一つが、

お金をあまり使わなくても休日を過ごせることです。

公園。

川。

ドライブ。

ホームセンター。

図書館。

近場を散歩する。

家で何か作る。

子どもとゲームをする。

もちろんテーマパークにも旅行にも行きます。

でも毎週それをする必要はありません。

普段の休日に、

「とりあえずお金を使わないと楽しめない」

という状態ではない。

これは家計的にもかなり助かります。

「生活水準を下げる」のとは少し違う

生活を小さくすると聞くと、

生活水準を下げるように感じるかもしれません。

私はそうは思っていません。

むしろ、

生活の満足度を下げずに、固定費だけ軽くする

のが理想です。

高いものを持っているから満足する人もいる。

時間がある方が満足する人もいる。

家族と過ごせる方がいい人もいる。

趣味へお金を使いたい人もいる。

自分にとって何が大事なのかが分かれば、

全部にお金を使う必要はありません。

郊外の家は「拠点」として使いやすい

会社を辞めてから、自宅の意味も少し変わりました。

以前は、

仕事から帰ってくる場所。

寝る場所。

休日を過ごす場所。

という感覚が強かったです。

今は、

仕事をする。

記事を書く。

勉強する。

家族と過ごす。

休む。

人と話す。

いろいろなことをする拠点になっています。

在宅で仕事ができるなら、少し広めの家も無駄ではありません。

郊外の住宅は、

住む場所と働く場所をある程度一緒にできる

という点でも面白いと思っています。

大きく稼がなくても、自由は作れる

資産形成の話をしていると、

収入をもっと増やす。

副業する。

投資リターンを上げる。

という「増やす話」が中心になります。

もちろん大切です。

でも自由を作る方法は、それだけではありません。

必要な生活費を軽くする。

固定費を減らす。

通勤を減らす。

住居費を工夫する。

少し働く。

こうした方法を組み合わせれば、

それほど大きく稼ぎ続けなくても自由度は上げられます。

私の場合は、この「増やす」と「小さくする」の両方をやってきた結果、会社を辞められるところまで来たのだと思います。

暮らしを大きくしないと、「余白」が残る

生活費が軽いと、お金だけでなく気持ちにも余白ができます。

絶対にこの年収を維持しなければ。

毎年もっと稼がなければ。

もっと昇進しなければ。

そういう圧力が少し減ります。

仕事を減らしてもいい。それどころか無くしても良い。

収入が落ちてもいい。

しばらく新しいことを試してもいい。

こう思えるだけで、かなり楽です。

郊外で「ちょうどいい」を探す

私は、何でも小さい方がいいとは思いません。

大きな家が好きなら、それもいい。

好きな車に乗ればいい。

旅行にも行けばいい。

ただ、

自分に必要なサイズ以上に暮らしを膨らませない。

これだけで、お金の必要額はかなり変わります。

町田・相模原のような郊外には、

便利さ。

広さ。

自然。

住宅コスト。

車生活。

そのバランスを自分なりに調整できる余地があります。

だから私は、このあたりで、

大きすぎず。

小さすぎず。

好きなものは持ちながら。

必要のないものは増やさず。

そんな暮らしを続けたいと思っています。

小さく暮らすというのは、自分にとって「ちょうどいいサイズ」で暮らすこと。

それが結果として、かなり自由な生活につながる気がしています。

タイトルとURLをコピーしました